6026人が本棚に入れています
本棚に追加
「嘘だろ、おい……」
全く想像もしていなかったその光景に、浩幸は顔をしかめて呟いた。ぎりぎりまで高めていた緊張感が肩から抜けていく。
盟友中原の思いを背に、持てる全ての力で壁を乗り越えようと臨んだこのマウンド。
だが、投げ込むべきミットはストライクゾーンの中に置かれることはなかった。立ち上がった菅原は、右腕を挙げて敬遠の指示を出している。
まだ一死、そして一塁が空いているわけでもない。戦術的な作戦ではなく、ただ水橋から逃げるためだけの敬遠であることは誰の目にも明らかだった。
歓声に沸いていた観客席の空気が一変し、大きなざわめきに包まれる。そして起こったバッテリーへの激しい攻撃は、ブーイングと言うほど軽いものではなく、罵詈雑言の嵐だった。
「浩幸!気持ちを切らすな!集中していけ」
ダッグアウトから発した中原の声は、大音響にかき消されてマウンドまでは届かない。
打席では水橋が構えたまま、変わらぬ圧力をマウンドに向けて放出し続けている。
浩幸は球を握りしめ、下唇から血がにじむのもかまわず、強く強く唇を噛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!