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降り注ぐ罵声は止まることを知らず、水橋からの視線も容赦なく突き刺さってくる。
浩幸が視線を落としたグラブの中、5本の指がしっかりと球を包み込んでいる。コブラの握りがもの悲しくその目に映った。
血のにじむような努力の末に、やっと身につけたコブラという力。だが、めぐってきた最高の晴れ舞台で、その力は必要とされなかったのだ。
過去の経験から、浩幸は知っている。どんな凄い球であろうとも、捕手が受けてくれなければ始まらないということを。そして今、その捕手はコブラを受けないと態度で示した。
もうどうすることも出来ない。浩幸は思いを断ち切るようにグラブの中から目をそらし、球の握りを変えた。
胸躍るはずの対決を目の前にして、倒すべき敵を置き去りにしながら、菅原に気の抜けた敬遠球を投げる。
それでも、真っ直ぐに見つめてくる水橋の視線は変わらない。その姿を視界に入れないようにして、4球続けた。
水橋が静かにバットを置き、一塁へと歩き出す。その姿も浩幸は見ないようにした。
そして、渦巻く怒号が満塁という状況と次の打者への期待で、徐々に歓声へと変わっていく。
一死満塁で5番。危機はまだ去らない。
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