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果たして敬遠が吉と出るのか凶と出るのか、それは投げ終えてみるまでわからない。
終盤の七回、同点で一死満塁のピンチ。一打どころか、内野ゴロでも点を奪われてしまいかねない。
それにもかかわらず、落ち着いてロージンバックをたたく浩幸には、その状況に対して動揺する様子は見えなかった。
不満を発散して落ち着いたのか、菅原が言った自分の可能性というものに気が向いているのか、水橋をやり過ごして安心したのか、あるいはその全てか。
いずれにしても、浩幸は萎縮することなく堂々とマウンドに立っている。それは事実だった。
そして五番打者が打席に入る。松島という名のその選手は、水橋が台頭するまで押しも押されもせぬ福岡の看板選手を務めた巨漢のパワーヒッターである。
その松島は打席に入るなり菅原を鋭く睨みつけ、怒気をはらんだ低い声を響かせた。
「菅原さん、あんたナメた真似をしてくれるじゃないか。後悔させてやるからな」
相手をしようとしない菅原に歯ぎしりしつつ、松島は打席での予備動作を終えて構えた。
その一部始終を観察していた菅原の顔に、少さな笑みが浮かぶ。そして股間に手を伸ばし、浩幸に向けてサインを送った。
浩幸が投じた初球、松島は、三番打者がそうであったように、積極的に振りにくる。
バットは変化する球のやや下を叩き、猛烈な勢いでバックネットに突き刺さるファールとなった。
真後ろに飛んだその打球が、変化を捉え損なってはいてもタイミングは合っているということを示している。三番打者に対しても、打ち取ったとはいえバットに当てられてしまった。
涼しい顔をしていた浩幸の顔に焦りの色が浮かぶ。こんなはずではないという思いが浮かんだ。
だが菅原は落ち着き払っている。股間に伸ばした指を立て、サインを送る。そして言った。
「さあ、蛇坊主。二匹目の蛇をお披露目してやろうじゃないか。思いっきりぶちかましてやれ」
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