雪深し

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雪深し

昨日は暦の上で雪が雨に変わると言われる雨水。しかしまだ北陸道は厳冬から抜け出せない。雪や霰が深々と降る。   暦が弥生と変わると辺りも春めいてくる。桜の蕾は日に日に大きくなり、梅は良い香りを振りまき始める。そんな時に降る雪が名残雪。ここで雲間から月が見えると、極稀に雪月花の競演を楽しむことが出来る。まあ、平安の時より花は桜を指すのが一般的だが。   さて、昨年は降雪があまりなく、シーズンを通し雪が舞うことはなかった。暖冬のため木々や花々が芽吹くのも早かったように思う。このまま降らずに終わると思っていた。しかし、3月の中頃だろうか、本来の時期とは程遠い時期に白い幾何模様が空よりやって来た。まさに名残雪だった。   父方の実家には紅白の枝垂れ梅が植えてあったそうだ。紅梅の方は枯れてもうないが、白梅は今でも立派に咲き誇っている。その頭を垂れた枝は、花が咲くと白い滝のような姿となる。樹齢は100年程だろうか。   季節はずれの雪が降ったその日、先程の実家の祖母から電話がかかってきた。 「あき、梅が咲いたし見に来られか。」 間の抜けた声で祖母が話す。幼い頃よりこの梅が大好きな自分。いてもたってもいられず、山奥へ向かった。花見酒として「立山」を持って。   昼はずっと梅を眺めていた。どれくらい経っただろうか、日はとっぷり暮れた。家に帰るのも野暮なので、そのまま泊まることにした。 山間は覆われた木々により漆黒の闇に包まれる。自分は雲間から出た月明かりに照らされた白梅を眺めていた。晩酌として先程の酒を呑みながら。杯に酒を注いだ時、上から何かが落ちて入った。雪だった。通りで寒い訳だ。酒により体を暖めながら、この世のものとは思えない絶景を雪が酷く降り出すまで見続けていた。   その晩、不思議な夢をみた。さっきの梅の下で、一人の髪が長く肌の白い女性と酒を酌み交わす夢。紅色の着物を纏っていた。 「こいつも綺麗になったねえ。一緒にここへ来たときはこんなに花も咲かせられなかったのに。」 自分に向け女性は語る。続けて女性は梅を見ながらこう言った。 「今日は特別だよ。月に雪、立派な晴れ舞台じゃないか。また綺麗なお前を見に来るよ。」 ここまでは覚えている。 朝になって祖母に白梅の由来を聞いた。 「あれ?何代か前の当主が紅白セットで買ってきたらしいよ。」 枯れてもなお、紅梅は白梅に寄り添っているのだろう。そう思わされた。
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