五箇山

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五箇山

富山県南砺市五箇山。古くから細々と村民が暮らしてきた地域。江戸時代には加賀藩の隠し里として、火薬を作る命を受けていた。 土地は貧しく、特産品は蕎麦。古来より貨幣的価値があった米を作るには適さない。加えて冬には厳寒が襲う。屋根まで積もる雪。有名な世界遺産「五箇山合掌造り」はこうして生まれたという。 そんな山奥の静かな谷間にひっそりと暮らすには訳がある。 「平家の落人」 これがこの集落の由来だ。文献を見てわかる通り、平家の落ち武者への弾圧はもの凄かった。加えて義経討伐のために全国に守護地頭が配置、逃げ延びた彼等もその波にさらされることとなった。煽りを喰らった落人は、人里離れた山奥へと山奥へと向かわざるを得なかった。 話を本筋に戻そうと思う。 ちょうど平安晩期、鎌倉初期の話を自分の受け持つ授業でしていた時だったと思う。 当然話は平家の落人の話へと向かった。偶然だろうか、直前に五箇山へ宿泊学習へ行っていた生徒達。いつも良い意味でうるさい生徒達は更に勢いを増し、自分は大変満足していた。 ただ一人の生徒は違っていた。普段は普通に授業に参加している女の子。この日だけは違った。下を向いて難しい顔をしている。怯えているようにも見えた。不思議に思い聞いてみた。 「どうしたん?いつもはうるさいのに。」 周りの子も気付いたのか、その子に対して「大丈夫?」「大丈夫?」と声をかけ始めた。体調が悪いのかと自分が思いだした時、その子は重い口を開けた。 「先生…落人って…どんな格好してたの…?」 「ん?ああ、詳しいことは知らないんだけど、着の身着のままボロボロになりながら逃げたんだろうな…女、子供も居たはずだし、壮絶だったと思うよ。殺されないように必死だし。」 「…五箇山で泊まったとき夢に…夢か分からないんだけど…鎧を抱えた侍と…やつれたお母さんみたいな人…後裸足の小さな女の子…ジーッと枕元で私を見てた…」 凍り付く教室。 事前知識は無く、五箇山でもその様な話は聞いていないと言っていた。そう考えると多分波長があったのだろう。因みにその侍一家はそれ以来一度も見ていないらしい。 人間は恐怖から見えないものを作り出す力を持っている。心理学的には脳の見せる幻影とされる怪現象。 でも自分はこう思う。人の意志は見えずとも残る。それがどの様な形であれ人に影響を与えているのではないか。 失意に散った中世平家の落人に思う。
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