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月夜
古来より人を化かすと言われているのが狐狸の類だろうか。
狐の方は赤い鳥居でお馴染みのお稲荷さんとして人々に受け入れられ、狸は狸で人里に多くが住み着き、人々を困らせたり楽しませたりとなかなか滑稽な奴だったりする。
ある晩、父親と二人でとある山中を通ってお里へと向かっていた。ちょうどまん丸な月が夜空に南中し光々と辺りを照らしていた。
「しょしょしょうじょう寺ー、しょうじょう寺の庭はー、つつ月夜だみんなでてこいこいこいー」
小学生だった自分。金色の月が嬉しく大層ご機嫌だったため、車中で熱唱していた。
「おーい、挽いたらたまらないから呼ぶな。」
笑いながら答える父。と同時に聞こえる急ブレーキの音。自分もいつの間にか足下を見ていた。
「危ない、危ない。狸と狐をセットで挽くところだった。○○のお陰でお仲間が出てきたじゃないか。」
父はホッと胸を撫で下ろし、苦笑していた。
お里までの道のりは一本道。特に気にもせず父は再び車を動かした。しかし一向に目的地へ到着する気配はない。
「おかしいな…間違える筈がないんだけどな…」
呟く父。月は相変わらず夜空で微笑んでいる。
「戻れば?」
聞いてみたが無駄だった。
「ま、真っ直ぐだし大丈夫だろう。」
軽い調子で返答された。確かにその通りだ。でもそろそろ林道を抜けても良い時間。
しばらく車を走らせると、とうとう行き止まりになってしまった。
「変だな…」
横で顔をしかめている運転手をよそに助手席の方は嬉々として喜んでいた。
「きれー。」
あまりの幻想的な風景のため、喜び勇んで外に飛び出した。
そこは一面のススキ野原。月の淡い光に照らされ、見渡す限り一面は黄色。サワサワと草の揺られる音がなんとも言えず心地良かった。怪訝そうな顔をしていた父も取りあえず見入っていた。
「行くぞ。」
もう少し見ていたかったが父に呼ばれたため車に乗り込んだ。来た道を戻ること数分。先ほどはなかった気がする分岐点。そこを通って行くと、いとも簡単に県道に辿り着いた。
「…化かされたか…」
父がボソッと言う。自分は先刻の景色を思い出していた。
今でもあの風景が見たくて一人その道を車で走ることがある。そして毎回がっかりする。
そんな話を父にすると、こんなことを言われた。
「昔は可愛かったけど今は小憎らしいからなあ。狐や狸だって可愛くないと出てこないさ。」
思わず苦笑した。
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