第一話~未遂~

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 今まで生きてきて、良いことなんか一つも無かった。 (早く楽になりたい……)  真夜中、薄暗い部屋の中で頭を抱える一人の男性。 《真田淳》  職場での過剰なストレスにより、鬱病を抱えている。 (これで楽になれるんだ……もうどうにでもなれば良い……)  淳は、目の前に用意した大量の睡眠薬と安定剤をビールと一緒に、まるでおつまみのように食べる。  しかし、数分もしないうちに手が止まる。  既に淳の意識は無かった。  次に目が覚めると、そこは見知らぬ個室の中だった。 (どこだここ……? 俺は……また死ねなかったのか……?)  周囲を見渡すと、ベッドとトイレ以外何も無い。  まるで囚人になった気分である。 (! 身体が動かない……!)  ベッドに手足を結ばれ、全く身動きが取れない状態だった。  その時、一人の男が扉を開く。その格好から、医者であることは想像に難くない。 「気が付いたか……気分はどうかな?」  自分を閉じ込めた医者を睨みつける。 「何だよここは! 俺は死にたいんだ、早くここから出せ!」  医者は膝をベッドに乗せ、目線を合わせる。「真田……淳君だね? 君は今どうしてここにいるか分かるかな?」 「薬を飲んで、それからは何も……もう良いだろ、早く殺せよ…殺せー!」 「辛かったんだね……。どうして死のうと思ったのか、少し話してくれないかな?」  医者はカルテを片手に、淳へと質問する。 「人を縛っといて何が話だ! さっさと出てけ!」 「……少し落ち着いて聞いてほしい。君は覚えていないだろうが、自宅で倒れているのを母親に発見されたんだ」 (あのババァ、余計なことを……) 「それからここに来た訳だが、許可をもらって、今手足を拘束させてもらっている」  医者がカルテを一枚めくる。 「だから何だよ? ずっとこのままでいろってか?」 「いや、気分が落ち着いたらすぐに自由にするよ。ただこちらとしても君の命を守るのが優先だから、もうしばらくだけ辛抱してくれないかな?」  淳は医者から目を逸らす。 「もう聞きたくない……」 「分かった。また来るから、ゆっくり休んで……」  医者は部屋を出る。  手足を縛られて身動きが取れない淳は、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
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