第三話『外より来訪は愛の伝導師』

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「…はは」 照れくさそうに耶蘇の隣に腰を下ろせば、噛み殺せない苦笑と共に晶の小柄な体が耶蘇に隣接していた。 「納得いかねーけど、その『ハニー』ってのに慣れたなっ、て思っちまった」 苦手そうにその顔の奥で笑う仕草が嫌に可愛く思え、それがまた新鮮で『やはり女の子』だという実感。 自然と左手でその小柄な体の少女の頭を撫でれば、自分の照れ隠しにしかならなかった。 「?なんだ?」 「いや、男心くすぐられただけや」 「なんだそれ」 その行動を咎めるでもなく、晶は本当に分からない顔をするだけだ。 そして耶蘇は落ち着きを取り戻す為か、タバコを取り出しては吸い始めていく。 もちろん灰皿なんて設備があるはずもなく、また今回も吸殻を生徒会室に持ち込むつもりなのだろう。 「―――なぁ。友達おるか?」 それは突然な会話の切り出しだった。 一方、その言葉を向けられる晶は不思議そうな顔をするでもなく。 先程の仕草を保っている訳でもなく。 またしてもいつもの瞳へと、何の感情すら表しはしない色へと変えていた。 「俺は誰も信頼しちゃいない。昔も今も、そしてこれからもな」 冷めた瞳と言えばそれまでだ。 だが本人にとって、その瞳は自らの過去を見ているのだろう。 その過去だけは自分のもの。 傷だらけの過去を背負い、都市全ての命を背負い、それでも生きるから何も信じはしない。 信じるものは与えられたものではないから。 「独りは辛いだけやろ」 「もう慣れた」 膝の反動を利用して勢いよく立ち上がれば、その背中だけしか視界には映らない。 それでもタバコの灰は地面に落ちていく。 時間が流れた分だけ、紫煙が空に舞う。 「独りの方が色々と楽だしな」 それは独り言なのか、言い聞かせる言葉なのか。 相槌が聞こえてこなくとも、晶は続けていく。 「誰も巻き込まずに、誰も泣かせずに、誰も傷つけずに――」 主を失くした煙草は地面の上で燃え続けていた。 「誰も不幸にせずに、誰も」 「もうやめぇ」 自分より頭4つ分程小さいその体を後ろから抱き寄せれば、晶の体は自然の摂理で耶蘇に委ねられていた。
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