望郷

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 仕事から帰ると僕は窓をガラリと開けた。すでに太陽は沈みかかり、夕焼けに雲が美しい橙に染まっていた。  この春に田舎から上京し、一人暮らしを始めた僕にとって初めての夏である。ビルが一つもなく、地面が剥き出しの土であるようなド田舎から来た僕にとって、東京は未知の街であり、夢あふれる街であったが今は外から聞こえてくる喧騒も慣れたものと変わっている。  都会は故郷と全く異なると考えていたのだがこの三ヶ月で、変わらないものもあることを知った。  まずは、人間関係。気の合う人もいれば、そうではない人もいる。故郷であってもそれは同じことだ。高校では、部活の先輩とあまり良好な関係が作れず一年で退部したが、同級生とはとても仲良くやったものだった。  あとは、この喧騒に交じり聞こえてくる蝉の声だろうか。太陽ももうビルの影に沈み喧騒も和らいできたせいか、蝉の鳴き声がはっきり聞こえてきた。目を瞑り、耳を澄ませその鳴き声を聞いていると、瞼に懐かしい風景が浮かんでくる。少し傷んだ家の縁側。そこから見える畑や雄々しい山々。去年見たあの風景にも、やはり変わらない蝉の鳴き声が響いていた。
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