望郷

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 ――――――Prurururu、Prurururu      部屋に騒がしい電話のベルが響いた。僕は窓辺から腰を上げ、部屋の隅にある電話をとる。  「もしもし。立川ですけど。」  「ああ、歩。そっちはどう。少しは都会にも慣れた。」  その声は母のものだった。故郷を懐かしんでいたところなので、いささか驚いた。  「うん。慣れてきたよ。そっちはどう。親父もお袋も変わりない。」  「変わりないわよ。お父さんも元気にしてるし。」  「そう、よかった。で、今日はどうしたの。電話なんて珍しい。」  母から電話がかかってくるのはいつも決まって月の初めなのだが、今は七月の終わり。何かあったのかと思ったが、母はそんな心配は余所に、明るい声で言った。  「いや、そろそろお盆でしょ、いつ位に帰ってくるのか聞いておこうと思ってね。」  「あぁ、そっか。まだ正確には決まっていないけど、多分お盆前後になると思うよ。」  「あらそう。わかったわ。」 そういう母の声の後ろから、柔らかいひぐらしの声が聞こえてきた。少し気になって、いたずら半分に尋ねる。  「ところで今年は暑いからね、そっちの蝉は例年より鳴き声が小さくなってやしないかい。」  「なに馬鹿なこと言ってんの。喧しいくらいに鳴いているわよ。」  僕は少し苦笑すると、お互いに挨拶をし受話器を電話に置いた。開けてある窓から少し涼しくなった心地良い風とともに、先程と変わらない蝉の鳴き声が運ばれてきた。  蝉の鳴き声が変わらないように、ここに住んでいる僕も変わらないでいけるかな。などと柄にも無く思い、外を見上げながらまた苦笑する。空は暗くなったが星たちは一向に姿を現さない。かわりに、遠くにビルの光が見える。  来月になり帰郷したら満天の星空の下、涼しい夜風に当たりながら過ごすのだろう。今聞いている蝉の声を聞きながら。
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