Ⅲ.

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気付いて 失う前に 貴方なら きっと 叶えるために 私は出会うの 本当の愛を知る 貴方だから 「遠音、今のはどのページ?」 「今作ったのよ。今日中に完成させるわ。」 彼女を遠音と呼ぶようになって、1ヶ月の時が流れた。 黒のリングノートに書き込まれた歌詞と楽譜。 いつの間にか、僕の知らない曲は無くなった。 「これからは、彼音が創った曲に合わせて歌詞を書くから。仕事が一つ減ったわ。」 嬉しそうに笑いながら彼女は、昔創った僕の曲が入ったMDを口許へかざす。 彼女と出逢ったことで、僕はまた音楽を見付けた。 そこに楽器は無い。 あるのは一冊、分厚い黒のリングノート。 そして、僕と遠音。二人の存在。 それだけで、澄んだ空の下の空間は音楽に満ち溢れていた。 「その笑顔、好きよ。とても穏やかだから。」 どうやら無意識に微笑んでいたらしいことに、遠音の言葉で初めて気付く。 彼女は何の躊躇いもなく僕に、好きだと言う言葉をくれる。 それがどこまで深い意味を伴っているのかはわからない。 けれど、遠音の感情が例え僕のそれとは違っても。 僕は遠音が好きだ。勿論、恋愛感情で。 彼女はくるくると色を変える。 透明色は、どんな色でも受け入れる。 そして、薄く向こうが透けるようなその色合いが似合うのは遠音だけだと思った。 彼女の紡ぐ音色もまた、心地良く空気と一体化して、耳に届く。 「そうだ、退院が決まった。」 「あら、もう退院できるの。つまらないわ。」 「こういう時一般に使われる祝福の言葉は、君の口からは出ないみたいだね?」 「私は自分の感情に素直なのよ。とても良いことでしょう。それで、いつ?」 「明後日だよ。寂しい?」 からかうように、語尾を上げる。 「えぇ、とてもね。」 …本当に、素直な性格のようだ。言葉に冗談の響きは欠片さえ感じられない。これでは僕が照れてしまう、顔が赤くなっていなければいいけど。 「毎日お見舞いに来るよ。」 「楽しみに待っているわ。」 社交辞令だと、彼女には通じているのだろうか。 リハビリにだって毎日来る必要は無いのだ。 だけど、結局はそうなってしまうのだろう。 遠音の横は居心地が良い。 遠音の創る音楽の中に身を投じるのも。 いつもと違う日々はまた、いつもと同じ日々に変わる。 けれど今度は、退屈なんかじゃない。        
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