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「何って。今あんた私の名前呼んだでしょ」 名前。ああ。 そこで俺は、ようやく理解した。 この数字は、この猫耳娘の名前なのだ。 そういえば、保健所の動物に、そんな数字が付けられていたような気がする。 そして、彼らはあたかもその数字を、名前のように扱われているのだ。 でも、数字は名前にしてはあまりに味気無く思う。 名前は、意志であり、願いであり、存在その物なのだ。 それを、数字のような意志の無いただの記号で表すとは、なんだか許せない。 その存在に対する冒涜とすら、感じる。 「072、072、オナ、オ……」 駄目だ、どうしてもアレが頭によぎってしまう。 俺は思春期の頭を呪った。 「何してるのよ?」 不機嫌と疑問を織り交ぜた顔で、頭を捻る俺の顔を覗きこんでくる。 「名前、考えてるんだ」 「名前ならあるわよ、072って」 「それは名前じゃない。ただの番号だ」 「番号だって名前じゃないないの?」 「番号は、区別するための物。 でも名前は、区別するためだけの物じゃない、存在を証明する物だって俺は思うんだ」 彼女はそれきり黙った。 納得したのか、それとも臭い台詞に呆れたのか、わからないが。 ただ、考える俺の顔をジッと見つめる態度からすると、あまり悪い評価ではないのかもしれない。 「ユキ」 「ゆ、き?」 猫耳娘、いやユキは、俺の言葉を反芻する。 雪のように白い肌、だからユキとあまりに短絡的なネーミングだが、少なくとも数字よりは百倍マシだろう。 と自負しているが、果たして受け入れてもらえるだろうか。 「ユキ、ユキ、ユキ……」 繰り返し、繰り返し、味わうように、俺の名づけた名前を呟く。 瞬間、ユキの顔が綻んだ。 花の咲いたような、その屈託のない微笑みから俺は察した。 気に入ってくれたんだ、と。 「気に入ってくれたみたいだね」 が、その一言で、呆気なく微笑みは消えた。 まるで、桜の花をショットガンで撃ち抜いたかのような感じに。 「べ、別に気に入ってないわよ。ただ、数字よりはマシだと思っただけよ」 そして、またいつも通りの怒った調子で言った。 なるほど、ユキはこういう性格なのだ。 いわゆる、素直になれない症候群……ツンデレ。 「だから、しょうがないからユキって、呼ばせてあげる」 「はいはい」 苦笑いで、ユキの言葉を流しながら立ち上げたパソコンの電源を落とした。 なんだか、久しぶりに心に風が入り込んだみたいだ。
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