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ある秋の日の夕方、僕は隣町まで歩いて出かけました。
理由は・・・忘れました。
とにかく、何かの用事で隣町まで歩いたんです。
途中、一軒の酒屋があって、ガラス越しに黒い猫の絵のような物が見えました。
綺麗に思えたので近づいてみると、それは本物の黒猫でした。
僕とその黒猫は、ガラス一枚を通してお互いを見つめ合いました。
何秒ぐらいだったかは覚えていません。
ただ、その美しい瞳は今でもはっきりと思い出せます。
そして彼女はその瞳で、私をここから連れ出してください、と僕に訴えました。
彼女はガラス戸の中の毎日の変わらない生活に退屈していました。
それは丁度高貴なお姫様が何かの事情で村の酒屋に住まわされたのと一般で、そのことは彼女自身も、それから、彼女の瞳を見つめる僕にも明らかなことでした。
僕はこの時ガラス戸を破って彼女を連れ出したい衝動にかられました。
彼女との夢のような生活を一刹那のうちに思いました。
しかし僕にはそれができませんでした。
何故なら僕の財布には120円しか入ってなかったからです。
秋の夕暮れの中、彼女の視線を背中に感じながら、僕の頭ではニューシネマパラダイスのテーマ曲が流れていました。
秋の暮作者の知れぬ静物画
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