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僕はもうずいぶん長い間テーブルに置かれたペリエの泡がのぼっていくのを見つめていた。
まだららくだが切れて久しい僕の瞳にはその泡の発する光さえ眩しく、僕は自らの体の中を流れる濁りきった血液の音にさえ敏感になっていた。
「キャンディーをくださいな」。
黄色いレインコートに黄色いレインハットをすっぽりとかぶった少女が、やはり黄色い長靴で背伸びをしてレジに立っている。
口ひげをはやした優しげな店主は緩慢な動きで茶色い紙袋にキャンディーを入れていく。
赤、緑、紫。色とりどりのキャンディーは僕の弱った瞳を刺して行った。
僕はそのキャンディーの毒々しい色に軽い眩暈を覚えながらも、店主が最後、その紙袋にカウンターの下から何ものかを素早く入れたのを見逃さなかった。
やはりこの店にまだららくだが置いてあるという噂は本当だったのだ。
僕はテーブルの上に10ドル札を置き、少女の後を追った。
まだららくだを目の前にした僕はもう既に人間としての理性を失い、その黄色いレインコートが揺れるたびに気が遠くなりながらも、少女が小さな路地を左に曲がるチャンスを逃さなかった。
気付くと僕はその少女に飛びかかり 、右肩をわしづかみにして夢中に揺すっていた。
少女はとっさのことで「ギャッ」という悲鳴を挙げたが、その悲鳴は明らかに少女のそれではなく、しわがれていてまるで老婆のようであった。
興奮した僕は、とにかくこの少女を引きずり倒して紙袋を奪おうと、さらに強く少女の肩を揺すった。
少女は僕の予想に反して一度身を低く沈め、素早く僕の手を払って反転して僕と向き合った。
路地に落ちた黄色いレインハットが僕の瞳を刺す。
僕はもう少しでやっと数日ぶりにまだららくだが吸えるのだ、と自分を励まして、懐に隠していたアイスピックを握り締めた。
「私だってやっとの思いで手に入れたまだららくだだ。お前ごときの若僧に渡してなるものか」。
僕の目の前には黄色いレインコートに黄色い長靴を履き、髪の毛が半分ぐらい抜け落ちた老婆が立っていた。
その瞳と舌は真っ赤にただれている。
典型的なまだららくだの中毒症状だ。
老婆はレインコートから出刃包丁を抜き出し、頭にかろうじて残った銀髪を振り乱しながら僕に飛びかかってきた。
僕は、頭の中でぼんやりとあの甘美なまだららくだの煙の匂いを思い出しながら、その老婆の振りおろす包丁を右にかわした。
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