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冬は寂しい、と人は言う。
秋に燃え盛った木々の葉は、その姿をすっかり消してしまい、焦げ茶色の木々だけが寂しく並んでいる。寒さは日毎に増していき、人恋しさを募らせるばかりである。
だから冬は嫌いだ、と人は言う。
僕は、そんな事はないんじゃないか、と思っている。
確かに四季の中で最も色が薄く、自分で自分の身を暖めなければならない様な寒さに、思わず独りが寂しくなるのも事実だ。
だけど、理由は分からないが、一年の汚れを洗い流した様に、空気が一番澄んでいるのも、冬である。
そして僕は、そんな澄んだ空気の中で、頭上一杯に広がっている空が、季節が見せる美しい景色の中でも、一番好きである。
朝の空は、濃淡の過ぎない白みを含んだ青さが、見上げただけでは見渡せない程に広がっている。夜は夜で、本当に満天と言わんばかりの星々が隙間なく敷き詰められ、十字に光を放っていた。
僕は神様なんて信じてないが、冬の空を見上げる度に、いるのかも知れないなと思ってしまう。
こんな美しい物を創った存在がいるとすれば、それは確かに神とでも呼ばざるを得ないかも知れない。
僕は今、近所の丘を登っている。
自転車の荷台にくくり付けたキャンバスとイーゼルに重心を取られながら、立ち漕ぎをして坂を登っている。すっかり地面に落ちた枯葉を、回る車輪が踏んでいき、その度に心地好い音が耳に鳴った。
僕は肩で息をしながら、どうにか自転車を前に進めた。かごの中の油絵の箱がガタガタと揺れる。
自転車を漕ぎ、白い息を吐きながら、僕は頭上を覆う枯れ枝の隙間から空を見上げた。
薄い青さが気持ち良く広がっている。
僕はそれを見上げながら、澄んだ空気を大きく吸い込んだ。
「また絵、描くの?」
ふいにそんな声が耳元に聞こえてきた。
「うん、そうだよ。また空を描くんだ」
僕は空に向かって小さく呟いた。その声には、思わず涙が滲んでいた。
「雪菜」
僕は、もうこの世にはいない人の名前を、震える声で呼んだ。
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