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その日は雪が降っていた。
僕は雪菜の入院する病院に来ていた。その頃には既に、雪菜への見舞いも日課の様になっていた。
僕はコートに付いた雪の雫を払いながら雪菜の病室の前まで歩いた。口まで引き上げたマフラーを首元に収め、手袋を取った。濡れた頭を掻きながら、リネンの廊下を静かに歩いた。
雪菜の病室の前に来ると、僕はいつも緊張した。だが今日のそれは、いつもよりも格段に真面目なものだった。
僕は一つ深呼吸をすると、雪菜の病室の扉を開けた。
「あ、空ちゃん。今日も来てくれたんだ」
一人部屋の病室の、一番奥にあるベッドの上で、彼女は上半身だけ起こしたまま笑顔で僕を迎え入れた。
しかし彼女の笑顔には、昔の様な明るさはない。落ち窪んだ瞳と痩けた頬で、無理な笑顔を作っていた。更には頭部を隠す為のニット帽が、僕に一層の悲壮感を与えた。
「当たり前だよ。今日はクリスマスなんだから。恋人と一緒にいるのが当然です」
僕は震えそうな声を隠して、無理におどけながら、彼女に対して精一杯の笑顔を見せて近付いた。
病室の入り口から、彼女のいるベッドまで。その僅かな距離を縮めるだけで、彼女の容態は酷く悪化していく。その実は何も変わらないのに、かさついた肌や色の薄くなった唇が分かるようになると、やはりそう思わずにはいられなかった。
「そっか。それじゃ今日はホワイトクリスマスだ」
雪菜はそう言うと、まるで子供の様にはしゃいだ。
「私、十七年間生きて、初めてだ」
僕はそんな風にはしゃぐ雪菜を見ても、痛切な気持ちが増した。痩せ細った手を合わせて喜ぶ雪菜は、僕の目には悲しげに写った。
「雪ぐらいでそんなはしゃがないでよ」
僕は必死で涙を堪えて、そう言った。いつもの様に、わざとらしいぐらいに口を尖らせるのも、忘れなかった。
「ああ、空ちゃんは雪が嫌いなんだっけ」
雪菜はそう言うと、困った様に笑ったらしかった。しかし上手く笑えなかったらしく、眉根を寄せた悲しい顔になってしまっていた。
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