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「そうだね」
僕は懸命に涙を堪えながら、そう言った。
「頑張って、元気になるんだよ。雪菜」
その言葉が無駄だなんて、思ってなかった。頑張れば何とかなると、僕はその時でも信じていた。頑張れば出来ない事はない。来年には雪菜も元気になって、あの丘でまた雪菜の作った不味いフルーツサンドに文句を言いながら、きっと。
「了解しました。隊長殿」
雪菜はそうふざけて言って、手を敬礼するみたいに額に付けた。
雪菜の細い腕には沢山の注射の跡があった。ほとんど骨と皮だけになった手が、ニット棒を被った額に付けられている。その下には、もうすっかり髪の抜け落ちた、雪菜の頭部が隠されていて、落ち窪んだ瞳と色を失った唇で懸命に微笑んでいる。痩けてかさついた雪菜の頬は、前の様に紅く染まる事はない。
僕はそんな雪菜を、世界で一番愛しいと思った。
抱き締めたくて、この手で触れたくて、どうしようもない気持ちを僕は必死で堪えた。今、そんな事をしたら、雪菜は不安に思うだろう。自分に最期が近いことに、気付いてしまうかも知れない。
僕は雪菜にばれない様に我慢をしながら、そっと窓に視線を向けた。
「来年も、雪、降るのかな」
外は全ての景色を覆い隠す程に、真っ白い雪が絶え間なく降っていた。しかし吹雪くわけでもなく、それはただ静かに静かに、町を染めていく。
「降るよ、きっと」
雪菜はやけに自信満々に応えた。
「空ちゃんは、嫌がるかもしれないけどね」
僕は、もうそれに応えるだけの言葉はなかった。
「んじゃ、帰るよ」
僕はそう言って、雪菜に笑顔を向けた。僕が今出来る、精一杯の笑顔を。
「うん」
雪菜がそう頷くのを見届けて、僕は病室を後にしようと扉まで歩いた。
「空ちゃん」
雪菜のそう呼ぶ声が聞こえ、僕は立ち止まって後ろを振り向いた。
「また、明日ね」
そう言う雪菜の笑顔は、この世で一番美しいと思った。
「うん」
僕はそう言って、最後の精一杯の我慢をして、片手を挙げた。
「またね」
それだけの会話を交わして、僕は雪菜の病室から出て行った。
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