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そう、気にするな。
今の事は後で考えろ、現在の自分のすべき仕事だけを、考えろ。
ポケットの中の、小さな子供用の赤い手袋の事等、今は気にするな。
ビルとビルの隙間、大人二人が横に並ぶともう入れないんじゃないかと疑うほどの狭い隙間に私は身を滑り込ませる。
その雑居ビルは金融会社や英会話教室が入っている、4階建ての地味な佇まいの建物だった。
「あつらえた様にピッタリなんだ」
ニヤニヤ笑いながらルージュが教えてくれた。
目立たない建物の隙間に、屋上へ直通の非常階段が付いている。
階段入り口と、屋上の扉にはしっかりと施錠がされていて、先ず普通の人間は入って来れない。
「計画にはもってこいだろう?」
そう、ピッタリだった。
その高さなら、周りの状況がしっかり伺える。
爆心地から絶妙な距離があり、起爆スイッチの電波も届く範囲内。
巻き込まれる心配なく、私は高見の見物が出来るのだ。
一応後方を振り返り、誰もこちらを覗きこんでいないのを確かめた上で扉の鍵穴へピッキング様の道具を差し込んだ。
我ながら惚れ惚れする様な手さばきで、難なく素早く鍵を開ける。
中に入ると、再び施錠する。
長年使われていないのか、その階段からは錆と黴の匂いがした。
カツカツと、乾いた靴音が静かに響いている。
ゆっくりと階段を上がる。
あの頃は、子供の頃は、靴なんて履いていなかった。
ガラスの破片や、砕け散った建物の残骸。
ブスブスと煙を上げる木片。
そんな大地の上を、裸足で駆けずり回っていた。今でも私の足裏の皮は堅く、無数に傷跡が残っている。
痛みなんか構っていられなかった。
瀬戸際だったのだ。
生きるか死ぬかの。
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