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両親の記憶はない。幼い頃に死んだ。
代わりに、私の手をいつも姉が引いていてくれた。
「諦めちゃ駄目。絶望しちゃ駄目。いつかきっとみんな、良くなるわ」
姉はいつも私にそう言い聞かせていた。……きっと彼女自身にもだと思う。
「きっときっと、神様が救ってくれるわ」
私達は常に祈った。
良くなりますように、全てが良くなりますように。
空から厄災が振ってくる。
足元に危険が埋まっている。
弾丸は思いもよらない所から飛んでくる。
毎日飢えて、乾いて。
夜になると、照明弾におびえつつ廃墟の影で二人、丸まって眠った。
汗や垢の交じり合った酸っぱい匂い。それが姉の記憶だ。安らぎの記憶だ。
「大丈夫、今日を生きながらえた。だから明日も大丈夫」
優しく彼女の手は私の背を、痩せて背骨が浮き出た皮膚を撫でた。
「いつか、きっと全てが良くなるわ。あいつらが私たちの国から居なくなって、誰も死ななくてすむ日がきっと来るわ」
だから祈ろう、我等が信じる神様に。
良くなりますように、全てが良くなりますように。
階段の終点に到着し、屋上の扉へかかっていた鍵を外す。
重い金属製の扉を開くと、冷たい空気と外の喧騒が一気に私の五感へ流れ込んでくる。
扉に再び鍵をかけなおす。
錆び付いた安全フェンスの傍らに立ち、下を見下ろした。
幸せそうに、蠢く人々。
大きなツリー。鮮やかな街。
あの頃の私はこんな賑やかな、素晴らしい世界が国が有るだなんて知らなかった。
そして、私と同じような子供が、きっとここから離れた遠い空の下に今も存在している。存在し続ける。
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