少女・Ⅰ

5/7
前へ
/24ページ
次へ
両親の記憶はない。幼い頃に死んだ。 代わりに、私の手をいつも姉が引いていてくれた。 「諦めちゃ駄目。絶望しちゃ駄目。いつかきっとみんな、良くなるわ」 姉はいつも私にそう言い聞かせていた。……きっと彼女自身にもだと思う。 「きっときっと、神様が救ってくれるわ」 私達は常に祈った。 良くなりますように、全てが良くなりますように。 空から厄災が振ってくる。 足元に危険が埋まっている。 弾丸は思いもよらない所から飛んでくる。 毎日飢えて、乾いて。 夜になると、照明弾におびえつつ廃墟の影で二人、丸まって眠った。 汗や垢の交じり合った酸っぱい匂い。それが姉の記憶だ。安らぎの記憶だ。 「大丈夫、今日を生きながらえた。だから明日も大丈夫」 優しく彼女の手は私の背を、痩せて背骨が浮き出た皮膚を撫でた。 「いつか、きっと全てが良くなるわ。あいつらが私たちの国から居なくなって、誰も死ななくてすむ日がきっと来るわ」 だから祈ろう、我等が信じる神様に。 良くなりますように、全てが良くなりますように。 階段の終点に到着し、屋上の扉へかかっていた鍵を外す。 重い金属製の扉を開くと、冷たい空気と外の喧騒が一気に私の五感へ流れ込んでくる。 扉に再び鍵をかけなおす。 錆び付いた安全フェンスの傍らに立ち、下を見下ろした。 幸せそうに、蠢く人々。 大きなツリー。鮮やかな街。 あの頃の私はこんな賑やかな、素晴らしい世界が国が有るだなんて知らなかった。 そして、私と同じような子供が、きっとここから離れた遠い空の下に今も存在している。存在し続ける。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加