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結局滝口は、その歌を詠んでからまったく何も話さなくなってしまった。
もう頼んでも無駄だと思い横笛は何度も何度も引き返し、恨めしそうに往生院を見てその場を立ち去った。
涙も渇れ果てて、虚ろな目をして山を降りていた。
「それにしても、滝口様はなんと私につれない事でしょう。
あんなに愛し合っていたのに、私をこんなにも簡単に捨ててしまったのか。なんて酷い仕打でしょう……。」
そう思うとなおさらあとに引かれる気がした。
人は片想いではこんなにも辛く悲しい気持ちになるのか、本当に思うのも切なく苦しい、と思えた。
「ああ、とにかく変わりない命があるからこそ、このような満たされない別れも恋しく感じるのだ。」
そう一筋に思い決め、やがて、大きな川に来くると、横笛はその川の側の岩間にある細道をフラフラと頼りない足取りでしばらくあるいていた。
三つの町を通りすぎ、千鳥ヶ淵(ちどりがふち)という所で、上に着ている桜色の着物を側にあった木の枝にかけ、履きなれた草履(ぞうり)を大きな岩の上に脱ぎ捨てて、そのままこの時を最期と大声で泣いた。
その声は風の音や鳥の鳴き声にも共鳴し、とてもしみじみと感じられた。
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