横笛草紙~原文~

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その御子小松殿の御内に、三条の斎藤滝口時頼とて、花やかなる男あり。 小松殿の御使ひに、女院の御所へ参りつつ、唐垣の内へ入り、面廊にやすらひ、もの申さんとうかがひけるところに、横笛、桜がさねの薄衣(うすぎぬ)に、紅の袴のそばをとり、身を押しのけて出(い)でたるかたち、嬋娟(せんげん)として、楊貴妃(ようきひ)、李夫人(りふじん)も、これにはいかでまさるべきとぞおぼえける。 さて、滝口、文(ふみ)取り出(いだ)し、「とく御返事(おかえりこと)御申し候(そうら)へ」とて、やがてけしやうことばをぞかけにける。   秋の田の かりそめぶしの 身なりとも 君が枕を見る よしもがな   横笛、顔うち赤らめてぞ受け取り参らせける。 御返事をば、余の人してぞ出しける。 滝口、御所より帰りて、心そらにあこがれて、寝もせず起きもせず、いづれか夢とも、思い分けたる方もなし。 いかにと問へども、言はずして、ただ寄り臥(ふ)して見えければ、ある時、乳母(めのと)、枕に添ひ給(たま)ひ、
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