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「御心のやうをねんごろに御物語り候へ。つやつやさやうにただならぬ御わづらひと、見まいらせて候(さぶら)ふ。御心を残さず御物語り候へ」と申しければ、滝口、うちとけのたまふは、「いつぞや、女院の御所へ御使ひに参り候ひし時、横笛とやらんを、一目見しより、片時も忘るる隙(ひま)もなく、包む思ひは埋(うづ)み火の、煙は胸にせきあへず、いとど思ひはます鏡、かき曇りたるばかりなり」と、ねんごろに語りければ、「その御ことにて候はば、やすき御ことにて候ふぞ。御文あそばし候へ。女院の御所へ、常々みづからこそ参り候へ。御機嫌よき時に申さん」とて、世に頼もしく申し侍(はべ)りければ、滝口、あまりの嬉しさに、急ぎ起きあひ、紅の短冊桜だみつけたるをひき重ね、墨すりながし、筆をそめ、心の中(うち)を書きつけ、ひき結びてぞ出(いだ)しける。
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