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つくづくものを案ずるに、この世は仮の夢ぞかし、かかる思ひをすることよ、東方朔(とうばうさく)が九千歳、西王母(せいわうぼう)が一万歳も、名のみ残りてあともなし、うき世をものに譬ふれば、岸の額(ひたひ)の根無草(ねなしぐさ)、入江の水に捨て小(を)舟、波にひかれて行方なく、花の上なる露よりも、あやふき人間の、知らですむこそつたなけれ、大梵王(だいぼんわう)の楽しみも、思へば夢のうちぞかし、かほど仮なるあだし世に、思ふ人に慰さみてこそ、思ひ出とはなるべけれ、またいかに栄ふるとも、思はぬものはいかにせん、親の命を背かんも、罪深かるべし、女の心を破れば、一念五百生懸念無量劫(いちねんごひゃくしやうけんねんむりやうごふ)の罪たるべし、これを菩提(ぼだい)の心と思ひつつ、ことさらその夜は、静かに横笛にうち向ひ、いつよりもむつましげなる風情にて、名残惜しさはいかばかり、いたはしや横笛が、われが思ひ立つことを、露ほども知るならば、いかに悲しむべきものと、横笛が心の中(うち)、思ひそめつる始めより、今宵の今に至るまで、思ひ続けて夜もすがら、包むとすれど涙川、袖のしがらみせきかねて、千代(ちよ)を一夜(ひとよ)と契る身の、誰にとてかは、鶏の夜深き音をばなきぬらん、
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