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夢がうちさめて、横笛は、涙を流し申すやう、「もとよりも、かなはぬことは是非もなし。さりながら、かなはぬことをかなへさせ給ふこそ、神や仏の誓ひなり」と、泣くよりほかのことはなし。
今ははや、頼みも尽きしことなれど、夜もほのぼのと明けければ、虚空蔵を臥し拝み、たどりたどりと行くほどに、道行く人に会ひ給ひ、「往生院とやらんは、いづくの方」と問ひければ、「これより乾(いぬい)の方に見ゆる、住みあらしたる寺あり、草ばうばうと露深し」と、こまやかにこそ教へけれ。
往生院と聞くからに、先へとばかり急ぎけり。
やうやう尋ね行くほどに、教へのごとく住みあらしたる寺あり。
あたりをめぐりやすらひ、たよりがなと思ひしところに、滝口の声とおぼしくて、かくこそ詠じ給ひける。
ひとり寝て 今宵も開けぬ
今来んと 頼まばこそは
侍ちも怨みん
と詠じて、鉦(かね)をうち鳴らし、ややありて、法華経の提婆品(だいばぼん)を高声に読み給へば、滝口と聞くからに、やがて消え入るばかりに思ひしかど、しばし心を取り直し、よろよろと歩み寄り、柴のとぼそをほとほととたたきければ、内より、下の僧を出し、
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