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あの夢を視るようになったのは、高校2年一一今年の夏休み前ぐらいからだったと思う。
毎夜のように俺を襲う、現実と非常に酷似したそれは、ひどく嫌な夢だった。
高校2年のクリスマス。
去年と同じ、街の中心の噴水で待ち合わせる俺たち。
灰色に凍てついた空。
身を刺すような風。
粉雪だけが虚しく踊る中。
少し遅れて、息を切らせながら俺は噴水へと到着する。
八千代の姿。
穢れない純白な一一死装束みたいなロングコートを羽織り佇む。
その顔に、儚く弱々しい笑みを薄らと浮かべて。
俺の腕がその身体に触れる前に。
雪が積もった、煉瓦造りの地面に崩れ落ちる。
泣き喚く俺。大気が呼応する。
八千代はもう帰ってこなかった。
その夢を視る度に、八千代と会うのが不安になる。
もし夢が本当に起こったならば?
もし朝目覚めて、彼女の姿がなかったなら?
八千代がいない俺の生活など、もう考えられなくなっていた。
そういえば時折、彼女は異常なほどに咳き込んだり、原因不明の高熱に悩まされていた。
ふと、八千代の中学時代の通り名『閑雅の泡沫人』が出てくる。
病気がちで、この温もりで触れてしまえば跡形もなく消え去ってしまいそうな一一。
夢から覚めると、いつも頬が濡れていた。
夢を視るその度、全速力で学生寮の隣の部屋一一八千代の部屋に駆け込む。
防音対策が備えられただけの小さく簡素な部屋。
そのため漆黒のグランド・ピアノだけがやけに目立って見える。
いつも、彼女は目を丸くして、
「そんなの逆夢よ。信じる事なんか、まるでないわ」
笑いながら切り捨て、「それに」
その顔は夢で視る笑顔のようで、すぐにでも崩れそうで。
「夢は、いつか終わるものよ」
抱き締めたかった。彼女の温もりを感じていたかった。
それでも、俺にはその資格なんかなくて、ただ力のない彼女の笑顔を見ているしか出来なかった。
それにいつか夢が覚めるのならば一一八千代とすごす、この夢のような日々も。
いつかは一一。
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