牡丹雪 ‐花に咲く夢‐

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『雪城 八千代』との出逢いは、とにかく最悪の一言に尽きる。 彼女と俺は中学の3年間、ずっと同じクラスだったが、その時まで接点など一切なかった。 互いに認識はしていたし、面識はあったはずだ。ただお互い意識をしていなかった。 俺が八千代と出逢った一一彼女を意識し始めたのは中学も終わりに近づいた頃である。 当時『雪城 八千代』と言えば、俺が通っていた中学校の代名詞とも呼べる、謂わば象徴だった。 人形を思わせる均整の取れた見目に、常軌を遥かに逸脱したピアノの才華。 その腕前は確かに本物で、八千代は大人たちに混じり、国内のコンクールで幾つも優勝を経験していた。 校内では『天才の雪城』と呼ばれ、彼女一一俺のクラスでは冗談半分に『閑雅の泡沫人』と囁かれていた。 彼女は生まれつき身体が弱いのか、学校を休みがちで、遠くから見る彼女は崇高で儚く思えたからである。 まるで漫画の中から抜け出たようなその存在は、触れただけで、あっさり壊れてしまいそうだった。 また、彼女が無口で誰とも馴れ合わなかった事も理由のひとつ。 八千代自身が冷たい訳ではない。話しかけられれば応答するし、邪険にする様子もない。 ただ、興味がないようだった。 対して。 俺は当時、勉強も運動も並の、まるで無個性をそのまま顕現したような存在だった。 他人より秀でている事を探す方が大変だった。 俺の存在は空気と同義。クラスにいても、いなくてもさして変わらない。 寂しくなかったと言えば嘘になる。 それでも、俺にはひとつだけ他人に誇れるもの一一ヴァイオリンがあった。 ヴァイオリンは、俺が小さい時に親にねだって買って貰った。 決して裕福な家庭ではなかったが、それでも両親は少しも反対しなかった。 俺はヴァイオリンで成功するしかないと思っていた。 俺が音楽を続けている事で、両親に多大な負担をかけているなど知っていたから。 両親に感謝の意も籠めて、毎日の殆んどを練習に費やした。 『雪城 八千代』と出逢ったのは中学最後のクリスマス。 それは、出逢いと呼ぶには余りに不粋で一一。
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