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俺は隣を歩く八千代を見る。
膝に届く深紅のロングコートと帽子のセットは、サンタクロースを彷彿とさせる。
その格好と並んでを歩くには、正直かなりの抵抗があった。
あの日と同じように、天空には純白の細雪が謳い、街は白に埋もれている。
華々しくライトアップされた噴水の前を、俺たちは歩いていた。
今日はクリスマス。
俺と八千代が出逢って、ちょうど1年が経った事になる。
あの日から、八千代は俺にだけ話かけるようになった。
それどころか、俺が学校で過ごす殆どの時間、彼女は俺の隣にいるようになった。
最初は突然の事にひどく困惑したが、慣れてくるとそれが当然で、隣に八千代がいる事が当たり前になっていた。
そこで彼女が見せる表情は、これまでの機械的な表情ではなく、まるで天使のような、とても眩しく魅力的な笑顔だった。
俺はふと、友人というのはこんな感じなんだな、と思う。
小・中と友人が少なかった俺は、ヴァイオリンが自身の世界を形成する中心で、それ以外にはあまり興味がなかった。
そんなのにも関わらず、音楽で世界を表現しようなど、今思えば滑稽である。
俺の世界は始めから煤けていて、色褪せていたのだ。
そんな俺の世界を彩付かせたのは、他の誰でもない八千代の存在だった。
八千代がなぜ俺を選んだのかは定かではない。『おもしろいわ』の一言では、彼女の真意を測りかねた。
ただ。
八千代と出逢ったあの日。
八千代と出逢ったあの時。
俺の世界は、確かに動き出した。
「お前がいたから、俺は一一」
「ん? 牡丹、何か言った?」
何でもないさ、と俺は首を小さく横に振る。
そう、と拗ねたように前に向きなおす八千代の頬に雪が張り付く。
俺は小さく笑って、すでに体温で溶けた雪の雫を指で拭き取る。
「おやおや、泣いてるのかな?」
もちろん、悪戯も忘れずに。
「なにバカな事……っ」
八千代の顔が紅潮する。
この時は、こんな幸せが。
八千代とすごす、
この幸福な世界が。
終わるはずないと一一。
そう、信じていた。
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