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今でもあの日の事がずっと忘れられないでいる、そう言ったら笑われるだろうか。
ボールが迫ってくる音とマウンドに立つ端正な顔立ちの無表情な少年の顔が今でも脳裏に焼き付いている。
それは小学校で夢中になった『野球』を教えてくれたリトルでの最後の試合だった。
主な大会も一段落して、非公式で土手下の小さな練習グランドで行った。
まさにちっぽけと言われればそれまでの試合である。
そして少ない応援の声とそれに合った周りの視線が印象的だった。
土手を吹き抜けたカラカラの冷たい風の中。
少年は打席に立ち、自分の精一杯を見せようとする。
ざり、と土を均す足を止めて、今まさにマウンドに立つ少年にその場にいる全員が目を奪われていた。
幼いながら完璧と言える美しいフォームに、真っ直ぐキャッチャーに届くボール。
同い年だと言うの少年と自分の差を、彼はひしひしと身体で感じていた。
それは小六の秋で、まだ幼かった彼は相手選手の持っている才能に驚き、世界の広さを感じた。
すがすがしい音を立ててミットに収まるボールに、バットはまた虚しく空を切る。
歯を食い縛っても、どんなに当てようとしても誰もあのボールを前には飛ばせない。
ただ自分の空振りしたバットの音とミットにボールが飛び込む音を聞くだけだった。
その試合は四年たった今でも、心の奥に残ってまだ消えない。
しかし過ぎた日を思っても仕方ない。
その天才は中学に上がる前に転校した、と風の噂で知った。
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