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沈黙が漂う。
「それって……」
私はなんとかそう言った。
すると、彼は……
「正直、俺が記憶を取り戻して沙莉のことを思い出した時、辛かった。だから、俺は赤の他人を装ってたんだ」
また夜空を見上げ、続ける。
「この間は焦ったな。友達と沙莉が俺を訪ねてきた時。一瞬、沙莉の記憶が戻ったのかと思ったよ。……でも違った。一度でも期待してしまってから、俺はもう、沙莉に思い出してもらうことを望んでしまっていた。……最低だな、俺」
隼くんがうつむく。
その背中は、とても小さく、弱く見えた。
「そんな……」
記憶を「失った」のは、彼だった。
記憶を「隠した」のが、私だった。
私は自分を守りたくて……大切な人を失う痛みを知りたくなくて、自分からその記憶を心の奥底、暗い場所へとしまい込んだんだ。
そう分かった瞬間、涙が溢れてきた。
「……うっ」
「泣きたいのはこっちだって……。せっかく上手くいってたのに、こんな形で、しかもこんな日に……」
「ごめっ……うっ」
私が涙を拭っていると、彼の温かい手が頭を乱暴に撫でた。
「……沙莉。あの頃みたく、隼って呼んでくれ」
「うん……うんっ……」
「沙莉……ごめんな。辛かったよな、苦しかったよな……」
「うっ……うっ……」
私は思い切り泣いた。
不思議なことに、あの胸騒ぎも消えていた。
私はこの日、隠したまま忘れていたものを見つけられた。
彼はこの日、大事にしていたものを再び見つけられた。
夜空には満天の星が瞬いている。
その光が雪に反射し、屋上は幻想的な光に包まれる。
しばらくの間、私と隼は、この寒空の中、星屑の下で抱き合った。
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