クリスマス当日

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「もうだいぶ昔の話だね。50年ほど前、この教会はもっとたくさんの人たちが来ていたんだ。そして、この部屋も子供たちを集めて、歌を歌ったりしていたんだよ」 義明さんは目を細めて遠くを見つめていた。 その様子は何を思い出しているように見えた。 「そして、ここに子供たちを集めて歌を教えていた人は、長い髪の綺麗な少女だった。丁度君たちぐらいの年齢だよ。その子のご両親がこの教会で働いていたんだ。そして、あるとき親に連れられてやってきた少年が、その少女のことを好きになったんだ。でも、その少年はすごく臆病で、告白することなんて出来なかった。でも、この建物を作った人のちょっとした遊び心を知ったとき…、まぁそれはまた今度話すことにするよ。それで少年はクリスマスの夜にここで彼女に演奏を聞かせることにしたんだ。彼女とは違い少年の演奏はすごく下手だった。でも、そんなこと少年にはたいした問題じゃなかった」 「どうしてですか?」 俺が聞くと、義明さんはまたあの優しい笑顔になった。 「このピアノの音色は、少年に勇気というプレゼントをくれたんだ。綺麗な音色を彼女にプレゼントすることよりも、自分の気持ちに正直になることのほうが少年にとっては重要なことだったから。きっと、武君が聞いた噂はそのときのことが形を変えて伝わっていったものじゃないかな」 「それで告白は上手く言ったんですか?」 義明さんは俺の問いかけには答えず、椅子から立ち上がって組んだ両手を腰に当てて、2階の大きな窓を見上げていた。 「それよりももっと重要なことがあるんじゃないかな」 確かにそのとおりだと思った。 その少年の気持ちが俺にはよくわかったから。 「最期に一つだけ。その少年って義明さんのことですか?」 義明さんは何も答えず、今までで一番柔らかな笑顔を浮かべていた。
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