11人が本棚に入れています
本棚に追加
「ところでこのピアノの噂知ってる?」
「噂?」
明美は首をかしげていた。
「このピアノの音色を聞けば演奏者の気持ちが伝わるっていう噂」
「そんな噂があるんだ」
「明美は俺の気持ちが伝わった?」
俺の問いかけに、明美は目をつぶって考えていた。
「私のことを大切だと想ってくれてるってことかな」
そう言って少し照れくさそうに、明美は笑っていた。
確かにそれは俺の気持ちだ。
だけど、それじゃまだ足りない。
「俺は、明美のことが好きだ」
言ってしまった。
ずっとずっと言えなかった想い。
その瞬間顔が熱くなるのを感じた。
明美はしばらく驚いた顔をしたまま固まっていた。
そして、
「私も・・・」
そう言って涙を浮かべながら笑っていた。
「本当によかった。ちゃんと自分の気持ちを伝えることが出来て。明美がアメリカに行っても、俺の気持ちは変らないよ。そうだ俺の方からも会いに行くし。距離なんて関係ないよ。離れているって行っても同じ地球なんだから・・・」
俺が必死にそう言っていると、明美は俯いてしまった。
そんなことを言っても実際はやっぱりすごく寂しかった。
アメリカなんて行くなよ。
そう言って止めたかった。
でも、仕事もしてない俺には、そんなことを言う権利なんてなかった。
そんなことを考えていると、明美は顔をあげていった。
すごく気まずそうな顔していた。
「あの・・・、それで多分そのことも武は勘違いしてるんじゃないかな・・・」
「勘違いって?」
「アメリカに行くのは本当よ。だけど、1年ぐらいで帰ってくるって言うか・・・」
1年?
だけど、おかしい。
この話はちゃんと聞いたはずだ。
いつ帰ってくるって聞いたら、ずっといるかも知れないみたいなことを言っていた。
「だけど――」
「ごめんなさい。本当は初めから知ってたの。だけど、その・・・、武はいつまでもはっきりとしないから本音が聞きたくて・・・」
まったく、結局俺は健太にも明美にもはめられていたって訳か。
だけど、怒る気はまるでなかった。
だって、俺はそのおかげでこうして素直になれたんだから。
最初のコメントを投稿しよう!