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「クリスマスの夜ある協会に置かれた古めかしいピアノを弾けば、奏者の思いは聴いている人に届き、願いは必ずや叶うことになるだろう・・・」
自慢げにそう話す佐々木健太の顔を見ていると、幼馴染ながら少々の虚しさを感じるのは否めなかった。
なぜ俺たちは教室でこんなことを話しているのか。
それは1週間ほど前に聞いた斉藤明美の言葉のせいだった。
「高校を卒業する前にアメリカに行くことになっちゃったの」
明美はあっけらかんとしてそう言っていた。
顔は笑っていたけど俺にはすぐにわかった。
だって、そのいつも以上の明るさは明美が本心を隠す時の癖そのものだったから。
「大体武がさっさと気持ちを伝えないのが悪いんだろ?」
呆れたような顔と小さなため息と共に健太は言った。
俺はすぐには言い返せなかった。
正直そのとおりだったから。
健太と明美とは幼稚園の頃からの幼馴染だった。
俺が明美を好きだと思うようになったのは中学の頃だった。
ただ、本当はもっとずっと前からそうだったのかも知れない。
「だからってそんなうそ臭い噂の話をする必要ないだろ」
このまま負けるのが嫌だった俺は、見苦しい抵抗をした。
すると、健太は少し俺の方に体を乗り出してきた。
「お前が普通のプレゼントじゃ嫌だからなんていうからだろ。まぁ、実際は特別なプレゼントをするほどのお金がないってだけの話なんだろうけどな」
小馬鹿にしたように健太は鼻で笑っていた。
卒業も迎えることなく渡米してしまう明美に、俺はクリスマスプレゼントを贈ることにした。
でも、その最初のプレゼントが最期のプレゼントになってしまうかも知れないなんて。
今まで一度として俺は明美にプレゼントなんて贈ったことがない。すごく気恥ずかしかったから。
だけど、今回ばかりはそんなことは言っていられない。
下手をしたらもう二度と会うことすらなくなってしまうかも知れないんだから。
「とにかく一度行ってみろよ。場所はお前も知ってるだろ。町外れにあるあの教会だよ」
健太は真剣に言っているのか、早くこの話を切り上げたくて言っているのかよくわからなかった。
ただ、後者である可能性はかなり高いだろう。
「高橋、佐々木、授業始まるぞ」
その声に振り向くといつの間にか先生が教室に入ってきていた・・・。
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