過去

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一面の白銀(しろがね)の上を、一人の少年が踏み分ける。 まだ年は二桁に達していないだろう。 なりはいかにも平民の子。 蓑笠は古く擦り切れ、冷たい冬の風が隙間から入り込む。 着物は麻のような、いかにも質素な生地だ。 背に身丈にそぐわぬ大きな篭をしょい、その中に幾許かの緑色が転がっていた。 その足は、深い白銀に取られ、半分程埋められている。 藁沓(*藁を編んで作った深沓)は水を吸い、そうでなくとも重く、一歩一歩は大人の歩幅の半分も無いだろう。 少年は歩き続ける。 幸い、この白銀は今朝降ったものであった。 昨日の白銀は、時が経ち、一度溶け、再び凍ったものだ。 その上に今朝の新雪がなければ、歩くことさえままならないのは必至である。 とおりゃんせ   とおりゃんせ…… 小さく木霊して、小さな唄が響いた。 少年は山道に迷い出る魑魅かと、足を止める。 踏み分ける音が消え、音は小さな唄だけとなった。 少年は空を見上げる。 まだ陽は高い。魑魅のような怪の類いが出る時間ではなかった。 しかし早くこの山道を抜けねば、怪の時刻になってしまうだろう。 少年は再び足を進めた。 とおりゃんせ   とおりゃんせ…… 唄は止まない。  
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