プロローグ

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「そう言えば、唯のとこにも飲み会のハガキ来たんでしょ?出欠席の返事はもう出した?」  私は茄子を切りながら話題を切り替える。 「飲み会?…なんの?」 「なんの?って、またまたぁ~、しらばっくれしちゃって、唯ちゃんたらぁ~」  私はニヤニヤしながら、澄まし顔を見せる唯の頬を人差し指でツンツンと突っついた。 「別に、しらばっくれてないけど。前の病院からのハガキの事ね。私は行かないよ」  唯は私の指を払い除け答えた。 「えぇ~!何で?行きなよ~もったいない!」 「もったいないって何だよ」 「だって、水島先生も来るのに?こんなチャンス二度とないかも知れないよ?行きなよ~もったいない!」  私は『つまんない!』を露わに、口を尖らせる。 「そう言う綾子だって行かないんでしょ?奈美からの情報だと、結城先生、出席でハガキ来たらしいじゃん」 「だって、私は行っても飲めないし。和馬とはもう会わない方がいい。…あのパーティーで会った時、そう思ったから」  唯から視線を外し小さく笑った。 ――6年前。翔太との結婚を控えていた私は、病院の創立記念パーティーで和馬と再会した。交わした言葉は、冗談めかした和馬からのデートのお誘いだった。  戸惑う私は精一杯の余裕の笑みを作り上げ、きっぱりと誘いを断った。思いがけない和馬との再会。  心の内を明かせば、彼の顔を見た瞬間、心臓がドクンと大きな音を立てた。  あの頃の彼への愛しさ、胸の痛み。それが一瞬にして蘇った。しかし、結局残ったものは、恐怖心に似た複雑な感情。それは彼を憎んでいるからじゃない。ただ、心が乱れるのが怖かった。  あの頃の彼との思い出を汚したくなかった。彼への想いを、封印し続けたかったのだ。 「和馬、大学辞めて親の病院継いだんだってね。あの和馬が院長だからなぁ~不思議な感覚。惜しくも、院長婦人になり損ねた。…あっ、私、候補にも入れて貰えなかったんだったわ」  切った野菜をトレーにポンポンと投げ入れ、苦笑いを溢す。 「それは、私も同じでしょ?私もドクターの妻になり損ねた」  唯は冗談まじりに言って笑うと、ベンチから立ち上がり腰を屈める。 「ねぇ、唯は別に会っても大丈夫じゃないの?水島先生と誓った【お互いの幸せを願う、見守る愛】それを改めて誓うための再会にするとか」  クーラーボックスを探る唯を見下ろし、冷やかしを含んでニヤリと笑った。
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