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そんな頃だ。毎年病棟恒例の新人歓迎会を兼ねた花見の宴が、病院から少し離れた市民公園で行われた。
お酒は好きだけれど、正直、私は病棟の宴会が好きではない。上司や先輩に気を使いながら、尚且つドクターに『お酌をしなければ』と気配りを求められる場では、美味しいお酒を飲むことができないからだ。
その夜も、早く家に帰ってビールを飲みながらサスペンスドラマでも見たい…、と思いながら、ライトアップされた桜を見上げ密かにため息を重ねていた。
すると、『すみません、オペが長引いて遅くなってしまって』宴が中盤を迎えた頃、突然彼が現れたのだった。
ここは内科病棟の宴会場。病棟と内科医ばかりが集まる宴会の席に現れた彼は、私を見つけると、微笑みながら軽く会釈をした。
思いがけない再会に驚きながらも、笑みを添えて会釈を返した。彼はスタッフ達に軽く挨拶をしながら私に近づいてきた。
「神崎さん、横に座っていい?ついこの間までこの病棟に通ってたから、幹事さんが気をきかせて招待してくれたんだけど。俺ほとんど他の看護師さんと話した事がないんだよね。悪いけど、俺の相手してくれないかな?」
彼は周りを気にしながら小声でそう言い、柔らかな笑顔を向けた。
「田辺さん、あれから俺の外来に通ってるけど経過は順調だよ」
イレウスの手術をした田辺さんの話題で最初に話し掛けて来たのは、彼だった。
「良かった。結城先生は腕が良いって噂を聞いたことが有るけど、その噂は本当なんですね」
私は先生のグラスにビールを注ぎ、にっこりと微笑んだ。
「腕が良いねぇ。まあ、俺は天才外科医だから」
フッと軽く笑うと、ビールで満たされたグラスで乾杯の合図をした。
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