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「凄いですね。自分で天才なんて言うのは先生しかいませんよ」
「そう?みんな思ってても口に出さないだけじゃない?」
「そうなんですか…」
「天才とは思ってなくても、コイツよりは自分のが優れてると思ってるさ。医者は必要以上に自信過だからね」
先生はククッと喉を鳴らす。
「なるほど。先生も必要以上に自信過剰なんだ」
「ん?俺は違う。自信以上に天才的な腕とセンスがある。オペはセンスが大事。いかに迅速で美しく仕上げるか。そう言った面で俺は天才なんだ」
これは冗談?それとも本気?本気だとしたらなんておめでたい奴。
「先生って自分に正直なんですね。そこまで自信が持てるなんて羨ましいです」呆れながも愛想笑いを返した。
春を待ちわびた草木の新緑と湿った土の香り。まだ肌寒い春の夜風に誘われて、カールのかかった柔らかな私の髪が、桜の花びらと共に胸元でふわふわと揺れる。
すっかり酔いの回ったスケベドクターが先輩ナースに絡み付き、みんながそれを面白がって囃し立てる。
中途半端なお酒で酔えない私は、その滑稽な姿を遠目に眺め笑っていた。
ふと隣に目をやると、夜空に浮かび上がる遠くの桜を静かに見つめる結城先生がいた。
「天才ドクターさん。どうしたんですか?一人もの思いに耽っちゃって」
私は茶化すように先生の顔を覗き込んだ。先生はゆっくりと視線を下ろす。
「本当は天才なんて思ってないよ。俺はプレッシャーがないと駄目な男なんだ。自分で自分にプレッシャーをかけて腕を研こうとする。外科医は結局のところ腕が勝負。どんなに性格が優しくて良い人でも、技術が無きゃ意味がない」
先生は誰に聞かせるようでもなく、まるで自分自身に言い聞かせるかの様な静かな声を漏らした。
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