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「神崎さんって面白ね。若気の至り話で癒されたよ、ありがと」
左手にはめたロレックスの腕時計を弄りながら先生が柔らかな口調で言った。
先生の声と私に向ける微笑みで一瞬胸がドキッとした。
「あんなくだらない話でお役に立てたのなら光栄です!」
照れ隠しで満面の笑みを見せる。
「時にはくだらない昔話も必要だ。俺ね、独り飲みが多いから、宴会に参加するのも久しぶりなんだ。こうやって職場以外の場所でゆっくり人と話すのも久しぶりかも」
「予想外に孤独な生活してますね」
「そう、医者は白衣を脱いだら孤独なんだよ」
先生は「ははっ」と声を出して笑った。
何故だろう…何だか心が共鳴する。胸の奥がズキッと痛むような感覚に襲われた。
「私は外科の事は分からないし、外科の人間関係も分かんないけど、今日は先生の仕事のライバルは誰もいないよ。みんな酩酊状態で私たちの話なんて聞いてないし、だから、思いっきり愚痴っちゃって下さい!」
力の入っ私の言葉を聞いた先生は、きっと生意気な言葉に驚いたのだろう。目を見開き口を閉じた。
「あの、すみません。年上の男性に生意気な発言でした」
絶対に引かれた!変な女だと思われた!自分が恥ずかしくなり視線を落とす。
「いや、いいんだ。神崎さんって逞しいんだね。仕事してる姿もしっかりしているとは思ってたけど。危なっかしいのか、しっかりしてるのか分からないところが興味深いよ」
地に視線を落とす私の横顔を見つめ、誘惑にも似たふっと甘い笑みをこぼした。
「先生だってギャップあり過ぎですよ」
職場では、笑顔を見せるのは患者にのみ。スタッフとは余分な会話は一切せず、近寄りがたいつんけんしたオーラを放つ。それなのに、今日私に見せる先生は違う。
「本性、隠し過ぎです」
はにかみながら小さな声を漏らした。
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