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俺のことをマキリと呼びだしたのは、沖田総司だった。 別の名前があったんだが、もう忘れちまった。 あちこちで忍仕事しながら放浪し、少しばかり腕におぼえがでて、里の言葉も分かりだした頃…歳なんてわからねえ、山じゃ歳勘定はしねぇんだ… 京の街を見物しに山を降りてきたのが運のツキよ。 屋根づたいに妙に賑やかな一画にたどり着いた。 島原の角屋って京随一の揚屋で、たまたま新選組の幹部連中が宴をはってる屋根に来ちまったわけよ。 ひょいと覗いたら、襟首掴まれてゴボウ抜きにされちまった。 背に担いでた長マキリを抜いて胴を払おうとしたのと同時に、首っ玉に抜き身が二本飛んできやがった。 「まてっ!」 近藤勇の落雷のような声で、それぞれの切っ先が止まり、俺の首は繋がったのよ。 「ひゃあ!見てよこれ!殺られちゃうとこだったよ」 俺を屋根からゴボウ抜きにした沖田総司が腹をなでながら、なぜか嬉しそうにおちゃらけた。 見事な脇差しの居合い抜きで、俺の首を飛ばしかけたのは、斉藤一と吉村貫一朗だった。 今思えば、よく切っ先が止まったもんだ、近藤勇の気合いだよなあ。 俺は長マキリを落として無抵抗を示したら、やっと刀を引いてくれた。 「忍か?」 聞いたのは土方歳三だ。 「ひゃあ、忍者って本当にいるんだねえ」 沖田総司はどこまでも明るい奴だったな。 俺を忍かと聞いたのも無理はねえや、俺達サンカ衆から数多くの忍がでている。 甲賀や伊賀の衆は、幕府の緑を食んで定住しておるが、元は同じサンカ衆だ。 俺達は、北は南部下北から南は薩摩まで、山伝いに移動して暮らす山の民なんだ。 取っ捕まった時の俺の姿は、下帯に膝までの合わせに皮帯を巻いて、そこにクナイが十本、皮はぎの短いマキリに背には長マキリだ。 忍に見えてもしかたないわな。 「この者は、山の民サンカ衆ではないかと存じます。南部にて交易をしたことがあり申す」 吉村貫一朗が言った。 「腹が減っただろう?」 沖田総司が椀に山盛りの飯を渡してくれた。 今まで話にしか聞いたことがない、米だけの飯を馳走になりながら、質問攻めになった。 「近藤さん、使えるかもしれないね」 「しばらく吉村君に預けてみるか」 なんだか俺の身の振りかたに、勝手な決着がつけられそうだが、その時の俺には毎日こんな飯が食えるのかが、最重要点だった。 とにかく俺は新選組に捕まってしまった。
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