カタルシス

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虹のたもとへ行けば願いが叶う。 昔々の言葉を信じた男がひとり。 雨上がりの空にかかった虹。 それは彼にとってはじまりの合図だった。 彼は己の色彩を頼りに、そのたもとを目指して旅にでたという。 歩いていた足がいつの間にか駆け足に変わっていたのを、彼自身気づいていたのだろうか。 街の人々はその印象を語る。 「あんなに嬉しそうな顔をして颯爽とした彼の姿を見たのははじめてだ」と。 彼の事を良く知る、昔々の言葉を伝えた老人は柔らかい笑みを浮かべて言った。 「この日をどんなに待った事だろう。その思いの衝動がかりたてる夢中さは誰にも止める事ができない。そう、その方が良い。その方が生き生きとして人間味がある」と。 ある旅人は川辺に続く道で彼に会い、通りすがりに質問を受けたという。 「意識ははっきりとしているのに、何故虹の色がぼやけて見えるのか。どこまで行っても近づいているように思えないのは何故か」と。 旅人は答えに困ったと苦笑いしながら人々に語ったそうだ。 それ以降、彼の消息を知る者は現れず、その旅人が彼の最後の目撃者となった。
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