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その少年はいつも、煉瓦の壁にもたれて通りを行き交う人々を眺めていました。
……どうしてあんなに急いでいるのだろう。
彼には行く処も行きたい処も無かったからです。
彼の知り得る世界は煉瓦の壁と目の前に広がる通りだけなのですから。
背中を丸め、踵を落とすように行き去るあの男の人は何を思い歩くのだろう。
見えない何かに微笑むかのように歩くあの女の人にはきっと楽しいことが待っているのだろう、彼はぼんやりと考えていました。
飽きることなく通りを眺めていると、通りのこちらと向こうからやって来た人が笑顔で立ち止まりました。
『やあ、元気かい。』
それだけの言葉を交わしただけで二人は歩き出しましたが、彼にはその言葉がとても素晴らしいものに聞こえました。
僕にもあんな風に話せる友達がいたらいいな、彼は心から思いました。
目が覚めると、いつものように彼は壁にもたれて通りを眺めました。
すると艶やかな毛並みの黒い犬が、少年の目の前にやって来ました。
『やあ、元気かい。』
彼は静かに黒い犬に呟きました。
犬は彼の足下に寝そべり、そっと頭を彼の足に乗せました。
そして少年と黒い犬は寄り添うようにして通りを眺めたのでした。
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