案山子(かかし)の冬

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きしきしと乾いた様な音をたてる雪を踏み締めて、私は歩く。 誰の足跡もない、夜の闇の中でも月の輝きを受けてまっさらな白だけの世界に、私と云う針が縫い目をつけていく様に。 昨日の事は忘れてしまった。 明日の事もたぶん忘れてしまうのだろう。 大鋸屑(おがくず)しか詰まって居ない頭を乗せて、ぼんやりとぐらぐらと唯だ私は歩いている。 足許で草が海の様にそよいでいた日。 こども達の笑い声が空に昇っていく様な夏の日。 空が茜色に染め抜かれて、鳥達が栖(すみか)に帰るのを仰ぎ見た日。 そして煌めく黄金の波が、辺りを満たした時、私は何を思っていたのだろうか。 叩いたところで、何も出てこない私の頭は、鈍い音でしか答えない。 唯だ私は、賢くなりたいと思った。 賢くなるには青い魚を食べるのだと、通りすがりのあの人は云っていた。 学校に行き勉強するのが大事だと、傍らのこどもに云い聞かせる人がいた。 唯だ私は自分の脚で歩むことを夢見ていた。 通り過ぎて行った人々の様に、自由に歩くことが私の夢だった。 そうして僅かに残る記憶を頼りに、きしきしと乾いた様な音をたてる雪を踏み締めて、私は歩く。 月の光に照らされて、何時の日か人間に成る夢を見ながら。
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