3人が本棚に入れています
本棚に追加
きしきしと乾いた様な音をたてる雪を踏み締めて、私は歩く。
誰の足跡もない、夜の闇の中でも月の輝きを受けてまっさらな白だけの世界に、私と云う針が縫い目をつけていく様に。
昨日の事は忘れてしまった。
明日の事もたぶん忘れてしまうのだろう。
大鋸屑(おがくず)しか詰まって居ない頭を乗せて、ぼんやりとぐらぐらと唯だ私は歩いている。
足許で草が海の様にそよいでいた日。
こども達の笑い声が空に昇っていく様な夏の日。
空が茜色に染め抜かれて、鳥達が栖(すみか)に帰るのを仰ぎ見た日。
そして煌めく黄金の波が、辺りを満たした時、私は何を思っていたのだろうか。
叩いたところで、何も出てこない私の頭は、鈍い音でしか答えない。
唯だ私は、賢くなりたいと思った。
賢くなるには青い魚を食べるのだと、通りすがりのあの人は云っていた。
学校に行き勉強するのが大事だと、傍らのこどもに云い聞かせる人がいた。
唯だ私は自分の脚で歩むことを夢見ていた。
通り過ぎて行った人々の様に、自由に歩くことが私の夢だった。
そうして僅かに残る記憶を頼りに、きしきしと乾いた様な音をたてる雪を踏み締めて、私は歩く。
月の光に照らされて、何時の日か人間に成る夢を見ながら。
最初のコメントを投稿しよう!