prologue

2/10
前へ
/19ページ
次へ
あるドアの前の廊下を落ち着かない様子で歩き回る男が一人。 彼のために置かれているだろう椅子にはついぞ腰を降ろすことはなく、ぐるぐると同じ所を往復し続けていた。   もう何回往復したかも判らなくなった時、漸く音をたててドアが開いた。 そこから顔を覗かせた侍女が興奮気味に、だが声をひそめて男に声を掛ける。 「国王様!もうご入室いただけますわ」 もうお分かりだろうか。この男はここ《ガルド王国》の国王。名は、エアデル=カルダ・ガルド。 その髪は漆黒。王族らしい気品を持ち合わせた精悍で整った顔付きに、夏の森林を思わせる深く濃いグリーンの瞳。 王は瞳を輝かせた。それはさながら宝石のように。 「待ち侘びた……!女か男かどっちだ!?」 「ふふふ、姫君ですわ。さ、どうぞ中へ」 「未来の女王誕生か……!」 国王はそう言うと興奮を抑えた静かな足取りでその部屋に入った。 ここは王城の離れで、常は王族が病気の静養などに利用する。 城の敷地内だが、人が近付かないよう取り計らっているため、ひっそりとした静けさが漂う。 離れの部屋は簡素で、広い空間に大きなベッドが一つと必要最低限の調度品があり、それらは華美な装飾こそないが、見るものが見ればこの国の古い様式をそのまま伝える歴史的価値のあるものと知れる。 現在、その離れの一室は王妃の出産のために用いられている。 さて、ベッドの傍には医者と助手の娘の二人。 そして王妃が長く美しい銀髪を少し乱れさせたまま、目を閉じて床に就いていた。 国王・エアデルが近付いて見下ろすと、王妃の白い肌は上気して赤みを帯びている。 この上なく美麗な彼女の額には汗が滲み、苦しげに胸を上下させる姿が痛々しい。 エアデルはタオルで優しくその汗を拭ってやり、最愛の妻の名を呼んだ。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

82人が本棚に入れています
本棚に追加