珈琲の匂い

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 秋の日差しはキラキラと観葉植物の葉を照らしながら傾きはじめ、僕の右腕にもう少しで影を落とすだろう。 今日は午前中の模擬試験を終え、自己採点と受験勉強をするために 珈琲の匂いがたちこめる喫茶店に来て腰掛けている。 ここは古い民家を改修した木造平屋建ての小さな店だ。 親友の英二がアルバイトをしているお店でもある。 初めて訪れてから僕のお気に入りになっている。 お店のカウンター棚には世界各国の珈琲豆が麻袋入りで並べられ、マスターに挽かれては大きめのカップにゆっくりと注がれてお客様のテーブルへと運ばれる。 オーダーを取り、運ぶというウェイター仕事が英二の役目。 お店の経営はあまりよろしくないらしいが、英二の叔父さんが経営しているというコネで英二はアルバイトを始めたらしい。 ただ、僕達は大学受験を控えた浪人生だ。 一年という浪人時代を終えて2度目の大学受験へと挑まんとしているわけである。 そんななか英二ときたら勉強はとうに諦め、バンドでの活動を主体としているらしい。 こんなアンティークなお店に一人、パンクな青年が突っ立っている姿は可笑しい。 疑いながら初めて来たときは、思わず笑ってしまったものだった。 慣れてみればこのお店には常連となるお客が多いらしく、近頃の珈琲チェーン店とは少し距離を置く、隠れ家的な場所となるらしい。 マスターは大柄な人で椅子に座り文庫本をいつも眉間にシワを寄せながら読んでいる。 カバーが邪魔で何を読んでいるかは不明だ。 しかし、いくら親類とはいえお店の雰囲気をぶち壊す風貌をもつ英二は雇えない…。 ―「おかわりは如何ですか」 白いシャツを着た英二がゆっくりと近づき問いかけてきた。耳についたピアスがキラキラと乱反射を繰り返し、テーブルの上に光が漂っている。 「あぁ。お願いします」 空になったカップを差し出すと銀のスプーンがゆれた。 英二がちらりとテーブルの上の模試を見た。   「今日、模擬試験だったのか?やばい。完全に忘れてたよ」 予備校に行く時点で英二は忘れているし誘っても来ないだろうと思っていた。 「むしろ、試験の日程を覚えていることに驚きだよ」 そばにたってカップに珈琲を注ぐ英二が白い歯を見せた気がした。 見上げると、夕暮れの光が英二の赤茶色の髪を照らしていた。  「たしかに。それよりも冬則さ、今週の土曜日に少し大きめの箱でライブが決まったんだ。見に来いよ」
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