花柄の背中

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花柄の背中

またライブの誘いか。いつも懲りずによく誘うものだ。 「それはそれは。受験を控えたこの11月の時点でお休みなどありませんよ。それに英二のライブはタチの悪いやつが多いから嫌だ」 はじめて行った夏のライブは僕にとって満員電車よりヒドい記憶となっていた。 あのとき以来、ライブには行かないと決めていた。 それはただライブが嫌だったわけじゃない。 あの時に砂絵に会ったことによってライブに行くことを避けていた。  ギュウギュウ詰めの客席をなんとか抜けてライブハウスの大きめな扉を開けると外は夏の残暑があるにもかかわらず、涼しく感じた。 ポケットから潰れた煙草を取り出し火をつける。 まだ人の流れのある商店街から少し外れたライブハウスは街灯がなく薄暗い。 近寄りがたい場所だった。 英二がくれたチケットを見て、受験勉強の気晴らしをしたかった。 思わず英二に行くよと伝えていた。   ふと人の気配を感じて横を見ると外の扉のそばに座り込んでいる女の子がいた。 薄暗くてよく見えないけれど膝を抱えている。 「どうしたんですか。平気ですか」 火を付けたばかりの煙草を右手で持ちながら、おもわず声をかけていた。 少しライブで高揚していたせいもあるだろう。 女の子はゆっくりと顔をあげこちらを見た。 白いシャツの丸まった背中にはプリントの花が乱れ咲いている。 それは砂絵だった。  あのとき、砂絵もライブに来ていた。 僕はその時の動揺を思い出し、少し手に汗が滲んだ。 「ほんと勉強ばっかりじゃんか。たまには来いよ!今回はまじでヤバいからさ。俺のバンドがメインでやるんだ。冬則も受験モードをオフにしてさ」 「いやだ。行かないよ。だいたいお前も受験生なら勉強しろよ。しかもいつも同じ誘い文句だな」 英二は口を尖らせるようにしてきびすを返し、カウンターに戻っていった。 「いまにライブに来たくても来れないほどになってやるさ」と、英二の言葉は空を漂っていた。 テーブルの上には珈琲がカップの中でゆらゆらと揺れている。まるで僕の気持ちのように。
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