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幻妖の屍はこの世に残らない。
死して魂が肉体から抜けると同時に、蒸発したかのように消えていくのがその理由だった。
修は、目の前で起こった死合の衝撃よりも、激しく打たれる心臓の高鳴りを感じていた。
それは恐怖からのものではないという事は、自身でもすぐに理解していた。
ゆっくりと刀を鞘に納め、すぐに立ち去ろうとする少年に対し修は、
「…あ…あの!」
「…あ?」
「あの…」
「今見た事は他言無用だ。幻妖は自分達の存在を知る者を嫌い、真っ先に喰らいに来る。周りに言い振らしてその存在を公にすれば命に関わる…」
「…………はい」
何も言えなかった。
立ち去ろうとする少年に修は焦り、漸く絞り出た言葉で、
「あの、な、名前は…?」
辛うじて名を尋ねる事だけは出来た。
それに対し少年は足を止めてゆっくり振り返り、何故か少し哀しそうな表情を浮かべながら答えた。
「……翔次……」
そう言うと、すぐにまた前を向き直して立ち去って行ってしまった。
"翔次"と名乗ったその少年は、終始ずっと寡黙で無表情だったのだが、この時だけは哀しそうな顔をしていたと、何故か修はふとそう思った。
そんな翔次を引き止める言葉が見つからず、修はただただ後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「…恋…かな?」
二人はここで偶然出会い、それから修は切に願った。
「あの人に…また会いたい」
、とー。
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