黄色い水仙

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    土曜の昼すぎ、私は授業を終えて校舎を出た。生温い春の風に雨を予感して寄り道せずに家路を急いだ。 マンションのエレベーターホールの中は湿気た匂いがする。 玄関を開けると今度はむせ返るような花の匂いがした。 母は花が好きだ。いつも何かしら花を飾っていて、特に香りの強い花が好きだった。   母は双極性障害を患っている。躁と欝を交互に繰り返す障害で、母の場合は大抵季節の変わり目に移り変わった。ここ暫くは躁状態が続いていたので家の中は明るかったが、不眠に悩まされる姿は痛々しかった。   リビングのドアを開ける。母がソファに座っている。   「ただいまぁ。」   一瞬返事がない。顔を見るとぎょっとした。泣いているように見えたからだ。   「おかえりなさい。早かったわね、お昼ご飯まだよね?温めるわ。ケーキも焼いたのよ。お茶もう少し待ってて!」   母はキッチンへ急いでいった。 よかった。忙しない。躁のままだ。躁は躁で大変だけど、躁と欝との移り変りの時期は気をつけなくてはいけない。 急がなくていい旨を伝えて私は一度自室にいって荷物を起き着替えてきた。 ダイニングに食事が用意されている。 ランチョンマットもひいて几帳面に綺麗に整えられている。食材も色々使って豪勢なランチだった。欝ならこうはいかない。さっき泣いているように見えたのは錯覚だったようだ。   「いただきます。」 「おいしい?」 「まだ食べてないよ。」 「ふふっ、だって頑張って作ったんだもの、早く感想を聞きたいわ!」 「うん、美味しい。ってゆーかお母さん料理上手だもの、手抜き料理でさえ美味しいよ。色合いもとっても綺麗、春らしくって。」 「ありがと!摩耶ちゃんもきっと上手になるわよ!私の娘なんだもの。」 「んじゃ教えてよ。」 「イヤよ、内緒よ内緒、ずっと秘伝のままなの!」 「秘伝なら伝えなくっちゃ、お母さん。」 「摩耶ちゃんに好きな人ができれば自然にお母さんの味ができるものなのよ、女ってそうできてるのよ。」 「そんなもんかなぁ。」     ふふっと笑って母は少し弾むように窓辺へ行ってそこに腰掛けた。    
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