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母はお姫様だった。
歴史のある裕福な旧家に生まれ、躾やお稽古事など厳しいながらも家族皆から愛されて育った人だ。
幼い頃の私の記憶の中の母は、天真爛漫で優雅で機知に富んだ会話や可愛らしい仕草をする人だった。
お姫様は皆に愛され、そして一人の男に一生守られて愛されるものだ。
父はごく一般的な家庭で育ったが、真面目な堅物で勤勉で努力をおしまぬ気質で会社での地位を確立してきた。よくある融通の利かない仕事人間だ。
そんな二人がどうして結ばれたのかは解らないけど、母が父を見つめる瞳は慈愛に満ちていて幸せそうだった。
本当によくある普通の幸せだったけど、確かに母はとても幸せだったのだ。
それが3年ほど前から父は度々土曜日に仕事にいくようになり、時にはわざわざ土日に出張にいくようになった。
本当によくある普通の事で。
子供の私でさえわかる。うまく隠していたつもりなの?でも異質な匂いに女は敏感なのよ。
━━下卑た香りがお姫様のお城に侵入し、次第にお姫様の精神を蝕んでゆく。━━
母は週末に大量の花を買い込むようになった。香りの強い花を沢山買い込むのだ。
━━花の香りの要塞はお姫様を少しは守ったかもしれない。でも厳重な要塞はお姫様が周りが見えないくらい頑強なものになってしまってお姫様はお城の外は四方八方を敵に囲まれているのではないかと不安になってしまった。━━
母から次第に笑顔が消え、涙を流し、涙さえ枯れ果て表情が消えていった。
家の中は次第に荒れていったが、父は週に3回家政婦を呼び母には暫く休むようにといった。
父が仕事から帰ってきた時に母が泣いていると「何が気に入らないんだ、甘えてないで頑張りなさい。」
と面倒そうに声をかけた。
本当によくある話。
可哀想なお父さん。お姫様の扱い方を知らなかったのね。
せめてもう少しうまくやってほしかったわ。
お姫様はプライドが高いのよ。
お姫様はよくある普通の女の子とは違うのよ。
特別だからお姫様なの。
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