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「えっ?」
傘を傾けると、彼女は驚いたように僕を見た。
肩が濡れてしまうけど、この際気にしない。
「濡れますよ」
僕が言うと、彼女は何か考えているような顔をした。
それから「あっ、そういう事か」みたいな表情をして、
「ありがとう」
と笑顔で言った。
そしてまた正面を向いた。
きれいな子だな、と素直に思った。
腰の辺りまで伸びた黒髪は絹糸のように美しく、雨露に濡れて艶(つや)やかに光っていた。
整った目鼻立ちは繊細な彫刻のようで、どこか大人びた雰囲気があったけど、歳相応の柔らかさがあった。
また、着崩していない制服が落ち着きさを醸し出し、とても清楚に見えた。
可愛いというより綺麗。
そんな言葉が似合う女の子。
それにさっきの笑顔。まるで天使のような――
(って、僕は何を考えている)
恥ずかしさが込み上げてきた。
顔が熱い。
「ドジですよね」
彼女が話し掛けてきた。
「ん?」
平静を装い、何とか返事をする。
「私、いつもは傘を鞄に入れているんですけど、今日は家に置いてきちゃって……。降ってくるって分かっていれば、ちゃんと持ってきたのに」
僕を見て笑う彼女。
直視は出来なかった。
「仕方ないですよ。あの予報士は、よく外す事で有名だから」
視線は信号の方に向いていた。
「そうですね」
また微笑んで、彼女も信号を見た。
瞬間、信号が変わった。
「どうもありがとうございました」
お辞儀をして去ろうとする彼女。
「待って」
無意識に出た言葉。
「これ、使って下さい」
気が付けば、自分の傘を差し出していた。
「え、でもあなたが……」
「いいから」
彼女の手を引っ張り、傘を握らせた。
「今度会った時にでも返して下さい。それじゃ」
そう言って僕は駆け出した。
「ちょっ、ちょっと――」
彼女は追おうとしたみたいだけど、信号は赤に変わっていた。
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