第三章

2/2
前へ
/7ページ
次へ
(名前くらい訊いておけばよかったなぁ) あれから一年くらい経つけど、結局彼女とは会えないでいた。 (何であんな事したんだろう) いつもの自分ならしなかった事だろう。あの時は勝手に体が動いていた。 ふと、手を見る。 今も残る、彼女の温もり。 (……何考えてんだ僕は) 思い出して恥ずかしくなってきた。 顔が熱い。 (雨、止まないなぁ……) 火照った顔を冷やすように空を見上げた。 「これ、使って下さい」 聞き覚えのある声がした。 「えっ――」 隣を見ると、あの時の少女が立っていた。 「また、会いましたね」 にっこりと笑う彼女。 手にはあの時渡した傘が握られていた。 「これはお返ししますね」 僕の手をとり、その傘を握らせた。 「あっ、ありがとう……」 僕は夢でも見ているのか? 「どうかしましたか?」 首をかしげる彼女。 「いっ、いや。突然の事だから、ちょっとびっくりしちゃって……」 僕が答えると、彼女は天使のような笑顔で言った。 「それは私も同じですよ」 トクン…… トクン…… 鼓動がはっきりと聞こえる。どうやら夢ではないようだ。 ……やけに速い気がするけど。 「ねぇ」 彼女は自分の鞄から、水色の折りたたみ傘を取り出した。 「一緒に、帰りませんか?」 ……断る訳がない。 僕も笑顔で返した。 「もちろん。喜んでっ!」 普段は信じちゃいないけど、この時ばかりは神様の存在を信じてもいいと思った。                                                             
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

582人が本棚に入れています
本棚に追加