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波が押し寄せていた。低く、近く。高く、遠く。砂浜の貝殻を、攫って遠のく。
膝まで海に浸かった私は、着物の裾を端折って、濡れないように手で掲げている。
「冷たい」
当然のことを口に上らせて。
振り向く。
砂浜の上に、座る、貴方の姿を認めて微笑む。
月夜。
水平線の向こうに昇る十六夜月が、私の黒い影を、貴方の傍まで伸ばしていた。
「風邪をひきますよ」
優しい貴方。
「大丈夫ですよ」
答えて。海を蹴って飛沫を飛ばす。
月が、水のかけらを照らして、光らせてくれたら綺麗だな、って思ったのに、予想に反して、真っ黒い墨を垂らしたような海水は、飛ばしてもただ闇だけを孕んで暗かった。
私はあきらめきれなくて、何度も、綺麗な光の粒を見ようとして、何度も、水面を蹴る。
遠く近く響く波の音にまじって、ぱちゃぱちゃと水の音。
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